4630万円誤送金事件の法的な考察2 町に振込まれた金を町が回収できるかはまだわからない

普段全くアクセスがないブログなので宣伝しないと届くかわかりませんが、せっかく書いたのでこの事件に関心がある全ての人にこの記事が届けばいいと願っております。

町(中山弁護士)の会見を見れば大体の疑問は解決する

前回の記事(最初の更新から追記した部分も多いので再度ご覧ください。)のブコメにも頂いておりました。

ireire 他新聞記事のブコメにもみられてたが、会見の動画見てない人多すぎないか 代理人の説明部分で丁寧に説明してるのに 【LIVE】4630万円誤送金問題 山口・阿武町 花田町長会見(2022年5月24日) https://youtu.be/KyOs6kgZD4c


2時間もあり、つい手抜きをして文章で要約されたものを見ることに逃げてしまいましたが、町の代理人である中山修身弁護士がかなりの疑問に対して直接答えておられました。

新聞記事やテレビの報道なんかでは、法的専門知識がない人が書いている*1、一般に伝わるよう要約する必要がある関係で細かいことはオミットされてしまって全然伝わってこないですね。


記事内に会見のYouTube(TBS報道)を貼りました。
会見は12:50頃から。中山弁護士の説明は16:00頃から。58:00〜あたりで4300万円の行方について詳しく説明しています。最も核心的な部分と私が考えるのは1:16:00あたりです。この問題に関心のある人は意見する前に見るべきです。


余談1

それから、前回の記事についたブコメで特に新たな知見のない「いかがでしたか」blogと呼ばれましたが、私の記事は既知の情報をまとめた以上に、国税徴収法まわりの解説や、町が現在受け取っていてる4300万円は不当利得であるという指摘は、私が見た限りネット上の識者の誰も書いていないかなり独自色の強い主張だと思っていたのでとても不思議な感想でした。

大体、国税徴収法なんてものはかなり特殊で専門的な法律なので弁護士でも読んだこともない人は珍しくないと思います。テレビで解説してた弁護士も国税徴収法の差押には裁判所の許可が必要ないことを知らずに間違って解説していましたし、以前に見た男に対する課税関係の解説も堂々と間違ったことを言っているコメンテーターがいました。弁護士も専門分野は様々ですし税金に関してほとんどの弁護士は素人同然ですからね。

余談2

ついでにSNS上のコメント(含むはてなブックマーク)について言えば、根拠もなくもう滅茶苦茶なこと言ってますよね。見るに耐えない酷いもんです。町に4300万円振り込まれたニュース *2に対して、保険でカバーされたとか、業者が債権を買い取ったとか、司法取引したとか、どれもあり得ません(違法又はビジネス的に非合理)。私も決済代行会社が4300万円も自腹切るとかあり得ない(払ったからといって警察の捜査(賭博罪、犯収法関係)から逃れられるわけではないので)と書いていたので、まぁあり得ないことが起きることもあるわけですが*3

余談3

この事件がここまで注目されている理由は、起きた事件(誤って振り込みした)のシンプルさに対して、想像以上に複雑な法律関係が絡んでややこしく、実務家・法学者の間でも見解が分かれているところが法に関心のある人には大変興味深いからです。大部分の人にとっては野次馬的なワイドショー的な関心であろうとも思いますが。


本題 町に振込まれた金を町が回収できるかはまだわからない

前回の記事で私が整理したポイントは基本的に変わっていませんので再掲します。

①町が差押したのは本件誤送金(4630万円)とは無関係のもともとあった誤送金男の滞納税金(追記:軽自動車税国保税あたりか)。
国税徴収法に基づく差押は裁判所の許可なく徴税官吏が自力執行できる強力な権利。
国税徴収法という名前だが地方税法48条他により地方自治体の税務職員も執行可能。
④滞納税額は誤送金額(4630万円)に比べわずかな金額と思われるので、超える部分(残余金)については改めて不当利得返還請求により確定した債権に基づく差押が必要。(追記:誤送金男の認諾により債務名義が確定しているため民事執行法に基づく差押済み→配当を受ける予定。)
⑤決済代行会社が差押税額を超えてほぼ全額を町に送金してきた理由は不明。
⑥そもそも差押えた債権自体が存在しなかった可能性があるが、決済代行会社3社はとにかく町に4300万円を送金した。
⑦その場合、今度は町が不当利得を得たことになる。
オンラインカジノ運営会社と決済代行会社が事実上一体であり、賭博罪や犯罪収益移転の罪に問われる可能性(弁護士が指摘する「公序良俗に反する取り引き」)があるため金を返して終わりにしたかった可能性。
⑨その場合も金を返したからといって罪がなくなるわけではない。


動画の最後で1:54:00 あたりから中山弁護士が強調しておられるように、「法的に確保した」の意味は「差押をして町の口座に入金がされた。」という事実のみを指しており、まだ町が回収(合法的に町の収入として計上すること。)できることが確定したわけではありません。「残余金95*4はまだ彼(誤送金男)のお金なので、他の債務名義を持った債権者*5から通知があり持っていかれる可能性もある。最終的な配当が確定しないとわからない。」という趣旨のことを言っておられます。


解説:差押手続というのは差押した者がそのまま受け取れるわけではありません。差押された財産(現金以外の財産は競売等で換価された後)は、他の債権者からの申立てを経て、国税徴収法及び滞納調整法(滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律)に従って優先順位が決定され、上位者から順に配当されます。
参考: 国税庁『税大講本 国税徴収法(令和4年度版)』p.61以下




なによりの問題は、前段で書いた前提をひっくり返してしまいますが、町に送金された4300万円が、誤送金男の財産(債権)と言えるかは疑問ということです。(ポイントの⑥⑦)
中山弁護士は、誤送金男と代行会社(甲乙丙)の間に委任契約があったと考え、代行会社(甲乙丙)名義の口座を誤送金男(T)の口座(債権)とみなして国税徴収法に基づき行政決定により差押をかけた。ということですが、ここは法的な立論においてかなり無理をしていると考えます。
私もオンラインカジノの事情に詳しくないのでわかりませんが、送金代行会社というのはカジノへの賭け金を送金するためだけに存在するので、普通に考えれば代行会社に払った金は即カジノに出金されてしまい金額は残っていないと思われます。またカジノに一度入れた金は賭けないと払い戻しはできないというのが一般的なのではないでしょうか。と考えれば、送金された4300万円は誤送金男の金ではなく代行会社自身の金です。

中山弁護士の一番の仕事は金を回収することなので取り得るあらゆる手段を取った結果*6、功を奏したわけですが、代行会社から回収できるかはダメ元だったのではないでしょうか。

1:15:00〜1:17:00あたりで「男の金が使われずに残っていて取り立てができたのか?」と聞かれ、中山弁護士は、「いいえ。Tの金ではない」「Tとその弁護人は使って残っていないと答えている。」「代行会社に入れたその先の金の流れは調査能力がないのでわからない」と答えています。
代行会社(甲乙丙)に差押を行なったが、「甲乙丙は債権は0ですと回答して来てもおかしくはなかったが、なぜか彼らは満額払ってきた。理由はわかりません。」と答えています。謙遜とかとぼけているのではなく、本心だと思います。
やはり自らに警察の捜査の手が及ぶのを後ろめたく感じた代行会社が差し押さえた金額以上を勝手に払って来たのであって、金が返ってきたのは結果オーライで、ラッキーでしかないのだと思います。何もわかっていないネットの声では、中山弁護士が国税徴収法を駆使して計算づくで4300万円を差押えたかのように言っていますが、中山弁護士としては差押えたのは滞納税金だけだったと思います。

カジノで使ったはずの4630万円、なぜ9割も回収できたのか…山口県阿武町の弁護士に「優秀すぎ」との声(SmartFLASH) - Yahoo!ニュース



繰り返しになりますが、今町の手元にある4300万円は誤送金男の金ではなく代行会社の金である可能性が高いです。そしてこの金をそのまま町が収受してしまって良いのかは(元々は町の誤送金に始まっているという道理的にはともかく、)法的には問題がある(不当利得)、というのが私の見解です。町の誤送金によって男が金を受け取ったのと同様、今は町が言われのない金を受け取っている状態です。勿論、町(中山弁護士)の立場としては、これが誤送金男の金だったということになってしまえば丸く収まるわけではありますが。

*1:会見でも記者が何度も間違った理解のもとに質問していました。

*2:ここで報じられた町に送金された金額が3500万円という数字も、弁護士も町も発表していない謎の情報だそうです。上記会見内での弁護士談。

*3:なお、決済代行会社が自腹を切ったか確定はしていませんが、現段階でかなり可能性が高いと思っています。

*4:中山弁護士は、差押えた金額を100、滞納税金部分を5、残余金部分を95と説明していました。数字は説明のための仮であり実際の比率ではありません。

*5:クレ・サラ等の債権者がいることを確認済みとのこと。

*6:1:05:00頃「残りの部分を回収する法律構成や具体的な手続きはこれから検討する」と仰っています。